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最高裁判所第一小法廷 昭和57年(あ)223号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人中村三次の上告趣意は、判例違反をいう点を含め、実質は事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であり、弁護人林又平の上告趣意のうち、最高裁昭和五〇年(あ)第二四二七号同五一年一一月四日第一小法廷判決・刑集三〇巻一〇号一八八七頁を引用して判例違反をいう点は、右判例は事案を異にして本件に適切でなく、その余は憲法違反(三七条、八二条)、判例違反をいう点を含め、実質は事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

しかしながら、所論にかんがみ職権をもって調査すると、原判決は、刑訴法四一一条一号、三号によって破棄を免れない。その理由は、以下に述べるとおりである。

一本件公訴事実及び原判決認定事実の要旨

本件公訴事実は、昭和四七年五月一一日、Kと共謀のうえ、Dを殺害して死体を遺棄したという殺人、死体遺棄の事実(以下、「第一の犯行」あるいは単に「本件」という。)と同月一四日、金員強取の目的でKを殺害しようとしたが、その目的を遂げなかったという強盗致死未遂の事実(以下、「第二の犯行」という。)である。

争点となっている第一の犯行につき、原判決が是認した第一審判決認定の犯罪事実の要旨は、「被告人は、借金の返済と旅行費用の調達に苦慮したため、Kに金借させたうえ、同人を殺害してこれを強取しようと企て、昭和四七年四月下旬ころ、同人に持ちかけて金借を決意させ、M(貸金業)に引き合わせて三〇万円の借り入れを申し込ませたところ、保証人が必要となったため、友人であるD(当時二四年)にその旨依頼し、同人の承諾を得た。被告人は、Mに対しては偽名を使用していたことから、Dを殺害したうえKをも殺害すれば自己の犯行を隠蔽することができると考え、同年五月七日夜、Kに対し、『Mから金を借りた後お礼をやると言ってDを誘い出し、Dをバラそう。俺はナイフでやるから君はまさかりでやってくれ。Mもやってしまえば金を返さなくてもよいし、家の者にもばれないですむ。二人ともやってしまおう。』と提案したところ、Kもこれに同意し、ここにおいて同人との間でD殺害の共謀を遂げた。同月一〇日夜、KがMから三〇万円を借用したが、小切手であったため、被告人とKはMの殺害を延期することとし、M方からの帰途、KがDに対し、『実は小切手やったので、明日銭にかえてから礼をする。どこかへ飲みに行こう。明日午後八時三〇分ころ、前の道路に出ていてくれ。」と言ってその旨約束し、翌一一日午後八時過ぎころ、被告人運転の普通乗用自動車に根切りよきとスコップを載せてD方付近路上に赴き、Dを乗車させ、午後九時ころ、石川県江沼郡山中町東町二丁目ホ部一四一通称南又林道の奥に連れ込み、同所に停車させた自動車内で、被告人がDの左側に座り、『どこか面白いところはないか。』と話しかけて油断させ、いきなり所携の切出し小刀で同人の左脇腹を一回突き刺したうえ、その胸倉をつかんで車外へ引きずり出し、車の後方へ逃げていった同人を追いかけ、その腹部等を数回突き刺し、さらに、Kから同人が自動車の後部トランクから取り出した根切りよきを受け取って、倒れているDの頭部をその峰で一回殴打し、よって右犯行による受傷により同人をその場で死亡させて殺害した。また、被告人とKは、共謀のうえ、右犯行直後、犯跡を隠蔽する目的でDの死体を現場付近の谷川の橋下に投棄し、もって死体を遺棄した。」というのである。

なお、前記第一審判決が認定した第二の犯行は、被告人が、Kを殺害して同人の所持する金員を強取しようと企て、同月一四日夕方、同人を同県加賀市須谷町の林道に連れ込み、切出し小刀でその右脇腹を一回突き刺したうえ、顔面、胸部等に切りつけたが、同人が抵抗して逃げ出したため、同人に対し安静加療約一か月間を要する右前胸部貫通刺創、顔面切創等の傷害を負わせたにとどまり、殺害及び金員強取の目的を遂げなかったというものである。

二事件の経過と本件の証拠関係の概要

1  記録により認められる事件の経過は、次のとおりである。

被告人は、第二の犯行の当夜、被害を受けたというKの供述に基づいて緊急逮捕され、昭和四七年五月三一日に右事実で起訴されたが、捜査段階では右犯行を概ね自白していた。その後、同年七月二六日に至り、前記南又林道の谷川で、大腿部等を除いてほぼ白骨化した死体が発見され、Dの遺体であることが確認された。捜査官は、同人の家族の供述から、Kと被告人がDと一番最後に会った者らしいと判断し、同月二七日、Kを参考人として取り調べたのち、翌二八日にも同人を取り調べたところ、同人が被告人と共同してDを殺害し、死体を遺棄したことを自白したため、同日、Kと被告人の両名を殺人、死体遺棄の事実で逮捕した。なお、同月二九日には、Kが犯行後被害者の靴を投棄したと述べた場所から、被害者の履いていた靴が発見された。

Kは、その後の捜査、公判を通じて右自白を維持し、第一審裁判所によって懲役八年に処せられ、その刑に服している。これに対し、被告人は、第一の犯行については一貫してその関与を否認し、第二の犯行についても、その外形的事実を認めながら、殺意と金員強取の意思等を争ったが、第一審裁判所は、第一及び第二の各犯行につき、いずれも有罪と認定して、被告人を死刑に処し、原審裁判所は、被告人からの控訴を棄却した。

2  本件の証拠関係をみると、被害者の頭蓋骨に陥没骨折があること、被害者の着衣に刃物によって生じたと思われる損傷があることから、被害者は何者かによって殺害されたもので、右のような頭蓋骨骨折を生じさせた鈍器による打撃、あるいは着衣の損傷から認められる刃物による刺突によって死亡したのではないかと考えられるものの、Kの供述を除くと、被害者が殺害された日時、場所、犯行態様を確定するに足りる証拠は存在しない。

また、本件の犯人が単独であるか複数であるかを確定するに足りる客観的証拠もなく、被告人と本件犯行とを結びつける直接証拠は、被告人から誘われて被告人とともに本件犯行に及んだというKの供述のみである。

三原判断に沿うと思われる間接的事実

原判決は、K供述の信用性につき、右供述中には不明瞭な部分もないではなく、弁護人の尋問に対してしばしば沈黙したりする部分も見受けられるが、それにもかかわらず、右供述は被告人との共謀による第一の犯行に関する部分を第二の犯行との関係において考察すると素直に了解でき、第一の犯行を共謀するに至った経緯、犯行状況、犯行後の行動等に関する供述は大筋においてほぼ一貫しており、経験した者でないと供述しえないような事実を含み、客観的証拠との矛盾や不自然不合理な部分もないから、十分信用できる旨判示している。

確かに、一、二審判決の指摘する以下のような点は、K供述の信用性を補強し、被告人がKの共犯者ではないかと推論する方向に作用するものである。

1  被害者宅から死体発見場所までは直線距離で約5.5キロメートル、死体発見場所から靴の発見所までは直線距離で約一二キロメートル離れているうえ、死体発見場所が相当の山の中であることに照らすと、本件犯行のいずれかの段階で自動車が利用された蓋然性が極めて高いと考えられる。ところが、Kは自動車運転に習熟しておらず、運転免許も有していないから、他の者との共同犯行と考えるのが自然である。

2  犯行日前後のKの行動をみると、同人は、被告人と繁く接触し、連日のように被告人の運転する自動車に同乗して行動をともにしていたことが認められる。

3  犯行に及んだとされる五月一一日夜の行動に関し、被告人は、捜査段階及び第一審公判の当初、友人宅を訪ねていたと供述していた。ところが、右友人らが公判廷でその点を明確に否定すると供述を変え、被告人が同夜自宅にいたという被告人の父の証言に沿う供述をするに至っている。これに対し、Qは、同夜、ゴルフ練習場で会った被告人の父から、被告人が車に乗っていったから帰りに乗せて欲しいと頼まれ、自車に被告人の父を同乗させた旨証言しており、Qの記憶に誤りがなければ、同夜被告人は父の使っていた普通乗用自動車に乗って外出したものと考えられる。

4  被告人は、Kの金借に際し、Mに対して偽名を使い、後にはKとともにM方前まで赴きながら自分は表面に出ず、また、被害者の母親から住所を尋ねられて山中町の者であるのに山代地区の者であるかのように嘘を言っているが、これらの行為は、被告人がKの金借に関係していることを隠すためのものと解する余地がある。

5  本件犯行の態様は、人気のない林道において小刀で刺すという点において、第二の犯行と類似していると考えることが可能である。

6  前記普通乗用自動車の後部座席のビニールカバーの縫い目の糸の部分から人血が検出されている。

7  兇器である根切りよきの形状についてのK供述は、死体の頭蓋骨骨折面から推認される兇器の形状と矛盾しない。

以上のうち1ないし5の各点は、K供述の信用性を補強し、被告人がKの共犯者ではないかという疑いを相当程度抱かせるものであるが、それらのみでは、いまだ被告人と犯行とを結びつけるに足りるとは認め難い。これに対し、6の点の人血が被害者のものであるとか、本件犯行時に付着したものであると認められるのであれば、被告人と犯行とを結びつける決め手となりうるものであり、また、7の点を含めて、頭蓋骨骨折の形状がKの供述する犯行態様と矛盾しないと認められるのであれば、それはK供述の信用性を高度に保障する有力な事実であるといえる。しかしながら、記録によると、以下に説示するように、6の点につき、右人血が本件犯行時に付着した被害者の血と認めるには疑問を容れる余地が多分にあり、また、7の点につき、兇器の形状と骨折の形状との間に矛盾がないとしても、Kの供述する犯行の態様と骨折の形状から推認される犯行の態様との間には矛盾があり、それに加えて、K供述の信用性を疑わせる幾多の疑問点が認められる。

四原判決の検討

本件におけるKのように、犯行に関与しているものの、関与の程度が客観的に明確となっていない者は、一般的に、自己の刑責を軽くしようと他の者を共犯者として引き入れ、その者に犯行の主たる役割を押しつけるおそれがないとはいえないところ、Kが第二の犯行の被害者であることも併せ考慮すると、同人の供述の信用性については慎重に吟味する必要がある。またKの知的能力については、知能水準が一一歳児童程度で正常者との境界線に近い精神薄弱(軽愚)であり、前後の関係から類推したり判断したりする能力に著しく劣り、抽象的概念は内容が甚だ貧困であるとの精神外科医師の鑑定が存在するところ、右鑑定中に、軽愚の者は一般的に他人の言動に乗ぜられやすいとの指摘もあることから、同人の供述の信用性の判断に際しては、その被影響性、被暗示性をも念頭に置かなければならない。以上のことから直ちに同人の供述を虚偽と決めつけるべきでないことはいうまでもないが、その供述内容の合理性、客観的事実との整合性等について、具体的に検討することが必要である。

1  犯行状況に関するKの供述内容が客観的証拠と矛盾することについて

Kは、本件犯行時の状況等につき、被告人が南又林道に止めた普通乗用自動車の後部座席において、Dに話しかけながら切出し小刀でいきなり同人の左脇腹を一回突き刺したうえ、その胸倉をつかんで車外へ引きずり出し、車の後方へ逃げていった同人を追いかけてその腹か胸のあたりを刺したこと、その後、車の近くに戻って来た被告人にトランクから取り出した根切りよきを手渡したところ、被告人は倒れているDの傍らへ行って同人の足元あるいは胴の横の方からよきで一回殴ったこと、Dの近くへ行くと、同人は仰向けに大の字になって倒れ、その前頭部から血が出ていたので、被告人が仰向けに倒れている同人の前頭部をよきで殴打したものと思ったこと、Dの死体を被告人とともに付近の谷川に投棄して橋の下に隠したこと、犯行後被告人方工場に戻った際、被告人がよきを洗うのを見たが、よきの峰の角はつぶれて丸くなり、赤い血のようなものが付いていたことなどを供述している。ところが、右供述は、以下のように、犯行状況の主要な点において、客観的証拠と矛盾し、あるいはそぐわないものである。

(一)  頭蓋骨の骨折について

被害者の頭蓋骨には、前頭骨右側に、長径が約2.5センチメートルのほぼ楕円形の輪郭を有し、最深部の深さが約0.7センチメートルのテント状に陥没した骨折があるほか、右頭頂骨に、長径約1.5センチメートル、幅約1.1センチメートル、最深部の深さ約0.1センチメートルの浅い盆地状の骨折がある。

鑑定人三木敏行作成の鑑定書によれば、前頭骨右側の陥没骨折に、最も陥没している部分から後端(頭頂部寄り)までの長さ1.3センチメートルの線状の陥凹があることから、成傷器具はそれ以上の長さの鈍稜を持つものと考えられるところ、Kが本件犯行に使われた兇器に似ているという根切りよきの峰部にはそのような鈍稜があるので、右骨折を生ずる可能性があるとされている。原判決は、この点を根拠として、Kの供述するよきの形状と骨折面から推認される兇器の形状との間に矛盾はないとしている。

しかし、他方、右鑑定書及び三木鑑定人の証言によると、右骨折は成傷器具が右部位に対し右前上方から左後下方に向かって作用したものと考えられ、よきの峰が成傷器具であるとすれば、峰の遠位縁(先端の方)が最も陥没している部分に、近位縁(手元の方)が陥没骨折の後端に当たるように殴打したものと考えられるという。ところが、Kの供述によれば、被告人は仰向けに倒れている被害者の足元又は胴の横の方から頭部めがけてよきを振り下ろしたことになるから、被害者の顔の向き、首の屈曲の程度によって多少の差異が生ずるとはいえ、よきは右骨折の部位に対し後上方から前下方に向かって作用することになるほか、峰の遠位縁が最も陥没している部分に当たる場合には近位縁は後端ではなく前端(顔面寄り)に当たることになって、右骨折のような形状のものは生じないことになる。このように、前頭骨右側の陥没骨折は、仰向けに倒れている被害者の足元又は胴の横の方からではなく、逆に頭の方から殴打しないと形成されないものと考えられるから、Kの供述する被告人の犯行態様と右骨折とは、打撃の方向において矛盾することになる。

また、本件犯行に使われた兇器と形状がよく似ているとKがいう根切りよきの重量は、約1.6キログラムであるところ、三木鑑定人は、打撃の強弱や峰の当たり具合によっては右陥没骨折程度の骨折の形成される可能性があると証言している。しかし、同鑑定人は、また、そのような重量のある鈍器で強く殴打した場合にはより激しい骨折が生ずるのが普通であるとも証言しているほか、木村康作成の頭蓋骨骨折の成因に関する意見書も、重さ1.6キログラムのハンマーで実験したところ、真上まで振り上げたハンマーに力を加えずに落とした場合(初速度が零の場合)は亀裂骨折が生ずる程度であるが、殴打する際の初速度が大きければより高度の骨折になるとしている。Kの供述によれば、被告人は、被害者の脇腹等を小刀で少なくとも三回刺し、被害者が転倒したのち、Kからよきを受け取り、倒れている被害者の頭部をよきで一回殴打したというのであるが、そのような経緯に照らすと、被告人はいわゆる止めを刺そうとして殴打したと考えるのが自然なように思われるから、一回だけの殴打に止めながら力を加減したというのは、あまりにも不自然である。よきで強く殴打すればより激しい骨折が生ずるというのであるから、Kの供述する被告人の犯行態様と右骨折とは、その程度においてもそぐわないものといわなければならない。

以上のように、Kの供述する犯行態様は、前頭骨右側の陥没骨折の形状と矛盾し、あるいはそぐわないものであるから、その点についての検討をしないまま、Kの供述するよきの形状が骨折面から推認される兇器の形状と矛盾しないという点のみを重視するのは相当でない。

(二)  被害者の着衣の損傷について

鑑定人阿川涼の鑑定書によれば、被害者の着衣(背広上衣、長袖シャツ、メリヤスシャツ)には、刃物によって生じたと一応疑われる損傷が一一か所あり、そのうち少なくも左鎖骨部、左乳内側、左肩外側の三か所については、刃幅約二センチメートル、峰幅0.3ないし0.4センチメトールの片刃の刃器によって、着衣が損傷されたにとどまらず身体まで刺されたものと認められる。

Kは、自動車の助手席に座って振り向き、後部座席の方を見ていると、被告人が後部座席に乗り込んでDの左横に座り、同人に話しかけながら、いきなり右手に持った小刀で同人の左脇腹を突き刺した旨供述している。しかし、被害者の下着であるメリヤスシャツの左脇腹部分には、刃物によると思われる損傷がない。右部位に近い損傷は左腰(背部)と左乳内側のものであるが、左腰の損傷は刃物によって生じたものか必ずしも明確でないうえ、右各損傷は、刺突時に被害者の着衣が動く可能性のあることを考慮に入れても、被害者に話しかけながらその左横から右手に持った小刀で刺したという犯行態様と符合するとはいい難い。したがって、この点においても、Kの供述は客観的証拠と符合しないものといわなければならない。

原判決は、この点につき、K供述にいう被告人による被害者の刺突部位と被害者の着衣の損傷箇所とは明確に一致しないが、K供述はうっすらと見えた犯行状況を説明するにすぎないから、特に矛盾があるとまではいえないと判示している。しかし、Kは、第一審の公判廷において、被告人が右横腹からナイフを取り出してDの左脇腹を刺したと供述し(第八回公判)、その後も、弁護人の質問に対し、刺した場所は左脇腹であり、ズボンのベルトから上の方か下の方かは覚えていないものの、脇腹を刺したことに間違いないとか(第一〇回公判)、被告人が刺したのはDの横腹であり、K自身が第二の犯行で横腹を刺されていたためにDも横腹を刺されたものと想像しているわけではないと(第一九回公判)明確に答えているのであるから、原判決のように、K供述がうっすらと見えた犯行状況を説明するにすぎないものと解するのは相当でない。

(三)  死体隠匿状況について

Kの供述によれば、同人と被告人は、Dの死体を抱えて付近の谷川の橋の上から落としたのち、川の中に入り、被告人が死体を橋の下に引きずり込み、Kがいくつかの石を手渡すと、被告人がそれらを死体の周囲に置き、木株で覆ったという。しかし、犯行当日の月齢が27.3日であったことに照らすと、犯行時刻ころに月は出ておらず、付近は星明かりのみの暗さであったと考えられるところ、第一審裁判所の検証の結果によれば、Kの供述するように犯行現場に停車させた自動車のルームランプを点灯しても、死体遺棄の現場である橋の下は流水面部も内部の状況も暗くて認識できないような暗闇だというのであるから、Kの供述するような行動ができたか疑わしく、少なくとも同人が被告人の行動を確認できたとはとても考えられない。

このように、Kは、死体隠匿状況というような犯行の主要な部分について、自分の体験しないことをあたかも体験したかのように供述している疑いがあるから、同人の供述中の他の部分にも同じような供述が含まれているのではないかとの疑いを払拭できないものといわなければならない。

2  Kの供述の裏付けとなるべき客観的証拠がないことについて

Kの供述は、以下のように、それが真実であればその裏付けが得られてしかるべきと思われる事項に関し、客観的裏付けが欠けている。

(一)  切出し小刀、根切りよき、スコップについて

Kの供述によれば、被告人は、兇器として使用した切出し小刀と根切りよきのほか、死体を埋めるためのスコップも準備し、犯行後、よきに付いた血を洗い流し、スコップとともに被告人方工場に戻したという。ところが、捜査官が右工場のほか、被告人の自宅、被告人の家族がかつて住んでいた家などを綿密に捜査したにもかかわらず、犯行に使われた小刀、よき、スコップはどこからも発見されていない。確かに、原判決が指摘するように、被告人が身柄を拘束された五月一四日夜までの間に右小刀等を隠匿した可能性は否定できないが、血が付いた小刀とよきはともかくとして、結局犯行に利用しなかったスコップまで隠匿するのが自然と考えられるかは異論の余地もあるところ、そのころ被告人方でスコップがなくなったという証跡はない。

また、それらの小刀、よき、スコップが本件犯行前に被告人の手近なところにあったとする明らかな証拠もない。

(二)  自動車内の血痕について

K供述によると、Dの血が自動車の後部座席上に敷かれていたビニール製のシートマットの中央から左側にかけて数か所にわたって点々と付いていたため、被告人が犯行後濡れた布切れで拭いたという。しかし、右シートマットの表面は、ループ状のビニールの突起に覆われており、濡れた布切れで拭いた程度で数か所に付いた血を完全に拭き取れるとは考え難いにもかかわらず、右マットからは血液反応が認められていない。ところで、右自動車の後部座席のビニールカバーの縫い目の糸の部分二か所にルミノール化学発光試験とロイコマラカイトグリーン試験の陽性反応が認められ、そのうち右端から約31.5センチメートルの一か所からは人血が検出されている。右人血が被害者のものであるとか、本件犯行時に付着したものであることが認められるのであれば、これだけでも被告人と犯行とを結びつける決め手となりうるものである。しかし、右血痕は、微量のため血液型まで判定することはできず、付着した日時も判明していないところ、右人血が検出された場所は、後部座席右側に座った人の膝の裏側が当たる付近であり、Kが供述する血の付いていた場所とは全く異なっている。

原判決は、被告人が濡れた布切れで拭き取った際に移り付いたことも十分にありうるとするが、拭き取りにくいと思われるシートマットのループ状の突起からも、移り付くとすればその可能性が高いと思われる同マットの縁の飾りの部分からも血液反応が認められていないこと、ビニールカバーの縫い目の糸の部分は、後部座席と大きさがほぼ同じシートマットで覆われていた可能性も否定し難いことなどを考慮すると、同マット上に付いた血は完全に拭き取られ、その血が同マットの縁の飾りの部分に移り付くことなしに、ビニールカバーの縫い目の糸の部分に移り付いたという蓋然性はかなり低いものといわなければならない。

以上のように、自動車のビニールカバーの縫い目の糸の部分から検出された人血が本件犯行時に付着したと認めるには、疑問を容れる余地が多分にある。

3  Kの知的能力に障害があることと同人の供述の信用性について

Kの供述には、同人の知的能力に障害があることに起因すると思われる以下のような問題点がある。

Kは、前記のように、死体隠匿状況というような犯行の主要な部分について、自分の体験しないことをあたかも体験したかのように供述している疑いがあるほか、K自身、想像を交えて供述したと認めている部分もある。すなわち、Kは、第一審の公判廷において、殺害の犯行現場で被告人が被害者を刺し、殴打するのを見ていた状況につき、被告人がDを刺しているような格好が見えた(第一〇回公判)、被告人は仰向けに倒れているDの左横からよきを両手で持って殴った(同)などとして、被告人の行為を明確に目撃していたかのように供述する一方、人が立っているか、かがんでいるか、寝転んでいるかはっきり分からない状態だった(第一九回公判)、実況見分の際は、大体そんなではなかったかと想像して犯行状況を再現した(同)などとして、前後の状況から被告人の行為を想像したことを認めている。K供述の他の部分にも、このように想像を交えた供述が含まれている疑いがある。

また、Kの第一審における供述には、被告人との共謀の日時とその内容につき、著しい変遷、動揺がある。すなわち、共謀の日時につき、五月七日夜であったという供述が大体維持されているものの、尋問のされ方によっては、八日、九日、一一日とも供述している(第一八回公判)。また、Mを殺害しようと被告人が持ちかけた日時につき、D殺害の話と同じ機会に出たとする供述が概ね維持されているとはいえ(第八回、九回、一八回公判)、五月一一日の昼に小切手を換金しての帰途だったとか(第九回、一〇回、三〇回公判)、七日だったか一一日だったか記憶がないとも供述し(第一八回公判)、大きく動揺している。さらに、犯行の場所につき、四十九院の方でやるという話が五月七日夜にあったと供述する一方(第八回公判)、どこでやるというような話は全然出なかったという供述もある(同)。このような供述の変遷、動揺は、現実に体験していないことを想像に基づいて供述しているために生じたのではないかと疑う余地がある。

Kの前記のような知的能力の障害を考慮すると、それらの想像が取調官の質問内容等によって影響された可能性を否定し難いものと思われる。

4  その他Kの供述内容に不自然、不合理な点が存在することについて

(一)  Kの供述には、以上のほか、不自然、不合理で、常識上にわかに首肯し難い点が認められる。

すなわち、K供述によれば、共謀の時期につき、被告人は、Dが保証人になることを承諾した五月七日の夜、Dを殺害し、Mも殺してしまおうとKに持ちかけたという。確かに、そのころまでに、MがKに対し、Kの父親の手形と保証人の印鑑証明書があれば三〇万円を貸してもよいと話していたことは認められるものの、被害者が印鑑登録を申請して印鑑証明書の交付を受け、それをKに手渡したのは翌八日のことであり、Kが父親の約束手形用紙を探し出したのはKの両親が留守にした同月一〇日のことであって、七日夜の時点では印鑑証明書も手形用紙もいまだ入手していない。金借のためのこれらの条件を充たすことが確実となっていない時点で、被告人がKに保証人のDと貸主のMの殺害の話を持ちかけたというのは、不自然といわなければならない。

また、K供述によると、本件犯行当夜、DをFの方に遊びに行こうと誘って車に乗せたのち、被告人が「四十九院の家(被告人の家族がかつて住んでいた空家)に寄っていくから」と言ってFとは別方向に走行し、四十九院まで来ると「別に寄らんでもいいから」と言って通り過ぎ、南又林道の近くまで来たときに「大便をしたいから山道に入る」と言って真っ暗な林道を数百メートル入ったが、その間、Dが不審を抱いた様子はなかったという。しかし、第一審裁判所の検証の結果によると、四十九院の方から同林道に入るには鋭角に左折するため、道路左側を通ってきたときは三回以上、道路右側を通ってきたときでも少なくとも一回、車を切り返さなければ進入できないのであり、被告人らが被害者の関心を他に向けるために工夫したような形跡もないのに、大便をするだけのために、夜、町はずれの道から真っ暗で狭い林道に入って数百メートルも進みながら、以前タクシーの運転手をしていて地理にも詳しかったと思われる被害者がその間何ら不審を抱かなかったというのは、あまりにも不可解である。

(二)  さらに、K供述には、被告人がKとの間で、被告人が小刀で刺し、Kがよきで殴打するという使用兇器の分担の話をしながら、二人が攻撃を加える場所、時機、方法等については全く打ち合わせをしなかったという点、被害者が被告人から攻撃をうけながら全く抵抗しなかったという点、死体を隠匿した後に被害者の靴を見つけながら、その場でこれを投棄することなく持ち帰ったという点など不自然と思われるものがある。その個々の点を切り離して考察すると、それぞれ一応の説明を加えることも不可能ではないが、不自然、不合理と考えられる前記のような点と併せて全体的にみると、やはり信用性に影響を与えることは否定できない。

五結論

以上のとおり、本件第一の犯行においては、被告人と犯行を結びつける唯一の直接証拠であるK供述の信用性についての幾多の疑問がある。したがって、これらの疑問点を解明することなく、一、二審において取り調べられた証拠のみによって同犯行につき被告人を有罪と認めることは許されないというべきであって、原審が、その説示するような理由で右犯行に関するKの供述に信用性があるものと認め、本件第一の犯行につき被告人を有罪とした判断は、支持し難いものといわなければならない。そうすると、原判決には、いまだ審理を尽くさず、証拠の価値判断を誤り、ひいては重大な事実誤認をした疑いが顕著であって、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

なお、本件第一の犯行は第二の犯行と併合罪の関係にあるとして起訴されたものであり、本件のみを分離することはできないから、原判決を全部破棄することとする。

よって、刑訴法四一一条一号、三号により原判決を破棄し、同法四一三条本文に従い、更に審理を尽くさせるため、本件を原審である名古屋高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大内恒夫 裁判官角田禮次郎 裁判官佐藤哲郎 裁判官四ツ谷巖)

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